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Music Trip

第7章:「アイドル」がメインになるという悪夢:資本と疑似恋愛の侵食

 音楽が等身大のものとして広がる一方で、そう言う音楽になじんでいるひとたちには到底なじめない、まったく異なる文化も同時に成長していた。

 ASAYANがもう一つ生み出したのが、モーニング娘。というアイドルのシステムだった。楽曲の良し悪しではなく、誰を“推す”かという視点が重視され、ライブや握手会、グッズなどに多額の金が投じられる、疑似恋愛型の消費スタイルが確立された、「会いに行けるアイドル」がシーンの中心に浮上してくる。この「推し文化」はやがて秋元康によって完成され、AKB48、さらに坂道系アイドルへと受け継がれていく。だがそれ、それは音楽ではなく、消費させるための装置にしか見えなかった。音に意味も深みも感じられず、ただ「会える・触れる・投資する」ことで関係を維持させるシステムに、嫌悪感すら抱いていた。1982年生まれの音楽好きにとっては、それはリアルタイムで拒否感とともに体感した変化だった。

 小中学生の頃にSPEEDやMAX、モー娘。をテレビで見ていた世代は、高校〜大学にかけてAKB48の「会いに行ける」商法に違和感を持ち始める。握手券、投票権、推し文化、疑似恋愛マーケティング…。それらは音楽の中身ではなく、「誰が好きか」と「どれだけ金を出すか」で価値が決まる世界。1982年生まれにとっては、自分たちの青春を彩った音楽=本物志向のビートや詞の重みが否定されるような感覚だった。

 そしてそれはやがて、山口真帆事件のような運営側の倫理崩壊、あるいは地下アイドルやライバーを巡る数々の悲劇にまで至る。あの頃の違和感は、現実の闇として具現化してしまった。そのことで彼らの違和感は確信へと変わっていく。

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